前回の記事では、「アタッチメント障害」が生きづらさを与える原因になることについてお伝えしました。今回の記事では、子ども・大人のそれぞれのアタッチメント障害の治し方をまとめ、「アタッチメント形成」についての総括をおこないます。
この記事の要約

子どものアタッチメント障害を治すには、養育者が安定した環境を提供し、子どもが自分らしく成長できる基盤を作ること。
大人のアタッチメント障害を治すには、心身ともに健康な環境に身を置き、専門家のカウンセリングを受けるなどして過去のトラウマの解消に取り組むことが大切です。
そしてどちらにも言えることは、政府や社会が愛着障害の解消に向けて積極的な取り組みを行っていく必要があるということです。
子どものアタッチメント障害の治し方
すでに愛着が不安定な状態にある子どもとは、どのように接してアタッチメント形成を深めていけばよいのでしょうか。発達心理学者であり愛着の研究の第一人者である、メアリー・エインスワース氏による重要な要点を以下にまとめます。
重要なのは「特定の養育者の応答性と有効性(安全基地として機能していること)、またその一貫性」
- 感度の良さ:子どもの示す些細なサインへの感度や解釈・応答の適切さ
- 受容:子どもが示す肯定・否定等のさまざまな反応を受け入れられること
- 子どもの自立心の尊重:子ども自身を自立した存在として尊重できること。干渉しすぎるのではなく、子ども自らが望んで物事に取り組めるように間接的な気分づくりや誘導を行う。
- 近づきやすさ:親が子どもにすぐ関心を向けられる環境・状態であること
- ストレスが少なく安定した環境:転居などの幼少時の環境の変化、子どもの人格を否定するような態度、夫婦の不和など、子どもが不安定でストレスを感じやすくする原因となる環境の排除。
養育者が気を付けるべきポイント
イライラは自然な反応であると理解する
母親は産後のホルモンの変化等で、愛情と同時にうつや嫌悪感、イライラした感情が生じることが近年の研究を通して分かってきています。また、子ども自身の特性もあり、育てやすさも千差万別です。ほかの家庭と比べてプレッシャーに感じる必要はありません。
自身の状況を客観的に知る
育児がうまくいかないとき、自分を責めるのではなく客観的に自分の状況を知ることが大切です。身体的、外的な環境によりうまく接することができないのだと理解できれば、行動を修正しやすくなります。また親自身が発達障害の傾向がある場合は、その特性が育児にも表れることがあります。こういった自らの特徴を知ることが大切です。
相手(子ども)の世界をわきまえる
研究によると、どれだけうまくいっている親子でも同調状態の割合は3割程度であり、大半は望んでいることと応答にはズレがあり、それ以上の過度な同調や干渉はむしろ逆効果となることがわかっています。無理に相手に同調せず、相手の世界を尊重するという適度なわきまえを持って接することによって、他者との共感は成り立つといえます。
これらのポイントを総括すると、愛着が不安定な子どもとの接し方において最も大切なのは、親が子どもの反応を細やかに理解し、受容し、安定した環境を提供することです。子どもが安心して自己表現でき、自分らしく成長できる基盤を築くことが重要です。
またそのためには、養育者のメンタルが安定していることが非常に重要です。養育者が安定していることで、子どもに対して一貫した対応ができ、子どもも安心感を持つことができます。養育者自身が心身ともに健康であることが、子どもの健全な発達に直結するため、自分自身を大切にし、適切なサポートを受けながら育児に取り組むことが重要です。
これにより、子どもとの信頼関係が深まり、愛着形成がより安定したものとなるでしょう。
青年期以降のアタッチメント障害の治し方
アタッチメントは幼少期に形成されるものですが、大人になってから解決・治すことについてももちろん可能です。以下に取り組み方をまとめます。
ストレスフルな環境から距離を置く
現在の環境がストレスの多いものであれば、愛着はどうしても不安定になりがちです。愛着とは、存在そのものに対する信頼や絆を意味するため、成果を上げたり、期待に応えたときだけ愛されるような環境は、安定した愛着形成にとって好ましくありません。
不安定型愛着の人は、自分に不利な環境に身を置きやすい傾向があります。しかし、ストレスが多い環境や自分が認められない環境からは距離を置くことが重要です。より良い環境を選び、ゆったりとしたペースで多様な人々と信頼関係を築いていくことが大切です。
パートナーや家族との適切な距離感を保つ
パートナーや家族と適切な距離感を保つためには、まずお互いの意見や感情、価値観を尊重することが基本です。率直でオープンなコミュニケーションを心掛け、感情や考えを共有し、問題が発生した場合には早めに話し合うことが重要です。時間をかけて信頼関係を築いていきましょう。
また、各自のプライバシーを尊重し、個々の時間や空間を大切にすることが必要です。自分自身の時間を持つことで、関係がより健全になります。困難な時にはお互いに支え合い、励まし合うことが絆を深めます。さらに、互いに柔軟な態度を持ち、状況や相手の状態に応じて対応を変える適応力を持つことが関係の安定に寄与します。
日々の小さなことに対しても感謝の気持ちを伝え、相手の努力や存在を認めることで、ポジティブな関係を維持することができます。
自分自身のメンタルや体調を管理することも重要で、心身ともに健康であることが他者との良好な関係を保つ基盤となります。これらの要素を日常生活に取り入れることで、パートナーや家族との関係を健全でバランスの取れたものにすることができます。
体を十分に動かし(有酸素運動)、食事・睡眠をしっかりとる
有酸素運動は、脳や身体の機能を改善・回復させるために非常に効果的です。例えば、ラットの実験ではニューロンの新生が通常の3~4倍になることが確認されており、これが認知機能の改善に繋がります。また、シナプスの可塑性や伝達効率が向上し、脳内伝達物質の循環が活性化されることも分かっています。これにより、自律神経系、免疫系、内分泌系といった身体の機能も回復することが期待されます。特に、うつ病の治療では運動療法が最も効果的であることが統計上示されており、副作用がなく再発率も低いとされています。
(参考:脳を鍛えるには運動しかない!最新科学でわかった脳細胞の増やし方)
また、適切な睡眠と食事の確保も重要です。十分な睡眠時間を確保し、バランスの取れた栄養を摂取することは、医療やカウンセリング以上に大切です。睡眠と食事が不十分だと内的な環境が不安定になり、愛着の安定から遠ざかることになります。特に、愛着障害がある場合、自分自身をさらに駄目な状態に置く「セルフネグレクト」が起こりやすくなります。
食事は三食バランスよく摂り、朝食でタンパク質をしっかり摂ることが、夕方以降の睡眠物質の増加に役立つとされています。十分な睡眠が得られないようでしたら、睡眠薬を活用することも視野に入れてみてください。
過去の養育者(母親など)との関係にこだわりすぎない
「養育者との関係」に焦点を当てることは、原因を探るうえで有益ですが、解決の過程でその関係に過度に依存することは、問題を長引かせる可能性があります。
養育者が自分を責めたり、本人が養育者との和解や謝罪を求めることに固執したりしても、それが成功する場合もある一方で、失望することのほうが多いでしょう。なぜなら、養育者は簡単には変わらないからです。養育者自身が愛着障害や発達障害を抱えているために、子どもへの接し方が不十分であったケースも多く見られます。
相手を説得し、自分の苦しみを理解させようとするのは困難です。それよりも、自ら解決に向けて進んでいくことが重要です。幼少期に抱えた愛着不安を癒し、子どもが親への依存を脱して成長するように、自分自身を成長させ、社会のさまざまな人々と柔軟に関わっていくことが大切です。
内的ワーキングモデルの更新とトラウマの解消
成人は、愛着を内面化しており、愛着対象がそばにいなくても心の中でその存在を感じることで安心を得ることができます。これを「内的ワーキングモデル」と呼びます。内的ワーキングモデルは、自分が愛される価値があると認識する自己イメージと、自分は愛着対象から愛され支えられるという信頼感によって成り立っています。(心の中の安全基地のイメージ)
東洋英和女学院大学の久保田まり教授は、メインらの研究をもとに、愛着について下記のように言及しています。
成人期以降の愛着の安定性とは、過去や現在の親子関係が情愛に満ちた温かいものであり続け、愛着に関連する外傷的経験がない、ということでは決してなく、肯定的なことも否定的なことも過去の事実として自由に想起でき、葛藤のない感情状態で率直に語ることができ、意味ある自分の歴史として客観的に吟味できること、人生における“愛着”の意義に深い価値をおけること、であるといえる。
久保田まり「アタッチメントの研究」より引用
過去に戻ることはできませんし、親子関係の改善も常に期待通りにはいきません。親との和解が難しい場合もあります。そういった状況では、自分自身の中でわだかまりを解消して自己イメージを改善し、自分が愛される価値があるという信頼感を回復すれば、親との和解や過去のやり直しといった難しい手段を取らなくても、愛着の安定を期待することができます。
愛着障害の解消には、トラウマの解消も必要です。愛着とトラウマは本来、もともとは同じ事象(不適切な養育、逆境体験)について別々に確立した概念です。トラウマが愛着に大きな影響を及ぼすことは明らかです。
トラウマは、養育環境で受けたストレス障害や適切な愛着形成を妨げる理不尽な記憶のことを指します。トラウマによって、脳や自律神経の過活動や過緊張、解離、過覚醒などの問題が生じます。また、「内的ワーキングモデル」は環境や経験によって常に更新されていますが、成人の場合、未解決のトラウマ経験が「内的ワーキングモデル」の更新を妨げ、安定型愛着の形成を阻害します。
不安定型愛着の核心は、悪い養育環境や外傷そのものではなく、柔軟な「学習」(内的ワーキングモデルの更新)が阻まれることにあります。
大人になっても過去のトラウマが頭から離れないと、内的ワーキングモデルの更新が行われません。トラウマの解消には、心療内科やカウンセリングなどの専門家の助けを借りて取り組むことが必要です。
まとめ
家族全体・社会全体で養育し、愛着形成に関する知識を広めることの大切さ
特に日本では、母親に過度に育児の負担がかかっていることや、育児の責任を押し付けられることへのストレスが問題になっていると指摘されています。
また研究では、母親は、父親も育児に参加した場合の方が、さらに専業主婦よりも仕事を持っているほうが、育児に対して肯定的な感情を持つことが分かっています。
愛着理論を盾にして、母親が専業主婦として子どもとずっと一対一で接しているというストレスフルな環境を強いることは、逆に健全な愛着形成を損なう恐れもあります。
父親や他の家族のメンバーが積極的に参加することで、子育ての負担が分散され、母親のストレスが軽減されます。さらに、子どもは異なる視点やケアのスタイルを経験することで豊かな学びを得ることができます。
家族全体が育児に関わることで、子どもは複数の愛着関係を築く機会が増え、心の安定感や社会的な絆を発展させることができます。したがって、愛着の健全な形成と子どもの幸福に向けて、家族全体で育児に参加することが不可欠であるといえるでしょう。
また、家族全体が育児にかかわるにあたって、政府や社会のサポートは必要不可欠です。
子育て支援や育児休暇制度の整備、保育サービスの充実など、政府や社会が育児を支援することで、すべての子どもが健康に成長し、ポテンシャルを最大限に発揮できる環境が整います。社会が育児を大切にすることは、次世代の未来を担う子どもたちだけでなく、社会全体の持続的な発展にとっても不可欠な要素です。
大人の愛着障害を治すにあたっても、政府や社会のアプローチが必要です。
まず、個人レベルでは、自己イメージの改善や信頼感の回復が重要です。これには、自己理解を深めるためのセラピー、心理カウンセリング、そして必要に応じて薬物療法などが含まれます。また、トラウマの解消や過去の経験に対する意味づけも重要です。これらのプロセスを通じて、内的ワーキングモデルの更新が促進され、安定型の愛着が育まれます。
そのためには、政府や社会機関が愛着障害の解消に向けて積極的な取り組みを行う必要があります。
心理カウンセリングやセラピーへのアクセスが容易になれば、愛着障害を抱える人々が適切な支援を受けやすくなります。さらに、教育と啓発活動も重要です。一般の人々や医療従事者に対して、愛着障害やその影響についての理解を深めるための教育プログラムが充実していくことが望まれます。
政府や社会がこれらの取り組みを推進することで、愛着障害を持つ人々が悩みを克服し、健康的で充実した生活を送ることができるよう支援することが可能です。
まだ国・政府の配慮や整備が不十分ではありますが、家族全体・社会全体で愛着障害・アタッチメント障害の問題に取り組むことが、バランスの取れた愛着形成、人生における幸福度の上昇、ひいては社会全体の持続的な発展につながると考えられています。
参考文献リスト
中野明德 ジョン・ボウルビィの愛着理論―その生成過程と現代的意義
ロス・A・ トンプソン 愛着理論のプリズムを通した幼児保育の効果
Mikulincer, M., & Shaver, P. R. (2007). Attachment in adulthood: Structure, dynamics, and change. Guilford Press.
BCC ブリーフセラピー・カウンセリング・センター
未来へいこーよ 子育てインタビュー アタッチメントって何?~子どもの成長の土台「信頼」を築く鍵とは~(第1~3回)
公立はこだて未来大学 乳児の愛着 | 脳と心の科学について学ぼう
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